こんにちは。シュウハウスの山脇です。
今回は少し仕事を離れて、私の家族が長年続けてきたうどん屋「わらじや」についてご紹介したいと思います。
私が生まれたころ、父は中村市、現在の四万十市で寿司職人をしていました。


その後、釜飯の移動販売を経て、今から45年前、大丸裏のアーケード内にうどん屋台を設置したことが「わらじや」の始まりです。

屋台に立っていたのは父。母と叔父は家で仕込みをし、それぞれの役割を担いながら、家族でお店を支えてきました。わらじやが目指してきたのは、夜、お酒を飲んだあとにも食べやすい、胃にやさしいうどんです。一日の終わりに、ほっとしていただけるような一杯を届けたい。そんな思いで、父は長年屋台に立ち続けてきました。
寿司職人、釜飯の移動販売、そしてうどん屋台へ。扱う料理や営業の形は変わっても、「お客様においしいものを届けたい」という思いは、ずっと変わらなかったのだと思います。



昔の写真を見返すと、屋台の姿や看板などにも時代ごとの変化があり、長い年月を積み重ねてきたことを感じます。暑い日も寒い日も、雨の日も。屋台での営業は決して楽なことばかりではなかったと思いますが、たくさんのお客様に支えていただきながら、父は温かいうどんを届け続けてきました。

そして現在は、屋台から店舗へと形を変え、父・母・叔父の3人でお店を続けています。形は変わっても、長年大切にしてきた味や思いは、今も変わっていません。
私自身も、そんな父の姿を見ながら、接客の楽しさや、お客様との関わり方を学びました。お客様との何気ない会話を楽しむこと。相手の表情を見ながら、心地よく過ごしていただけるように気を配ること。そして、また会いたいと思っていただける関係を少しずつ築いていくこと。父にとっては特別なことではなく、毎日の中で自然に続けてきたことだったのだと思います。

その姿勢は、今の私の仕事にもつながっています。家づくりのご相談でも、間取りやデザインだけでなく、そのご家族がこれまでどのように暮らしてきたのか、これからどんな時間を重ねていきたいのかを知ることが大切だと感じています。何気ない会話の中に、そのご家族らしい暮らしのヒントが隠れていることもあります。

家もお店も、建物が完成したときがゴールではなく、そこに集う人や、そこで過ごす時間によって、少しずつ大切な場所になっていくものだと思います。
父・母・叔父が、それぞれの役割で長年つないできた「わらじや」のように、お客様の家も、ご家族の思い出が重なり、長く愛される場所になっていきます。
これからも、父から学んだお客様との関わり方を大切にしながら、一組一組のご家族に寄り添い、その方らしい暮らしを一緒に考えていきたいと思います。
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